交通事故は車だけではない!

   2017/11/22

 私の人生の中で交通事故を経験したことは4回もあります。不注意、若気の至り、納得いかない事故。と色々ありますが、そのなかでも印象に残っている事故について書きたいと思います。

2001年。当時私は二十歳の大学生でした。田舎から市内の大学へ進学し、移動はもっぱら50ccの原付バイクでの移動でした。今では原付バイクは乗り方によっては非常に危険な乗り物であることを自覚しています。しかし当時は若さもあり事故なんて自分とは無縁、運転が下手な人が起こすんだ、と甘い考えでいたのです。

そしてその日はやってきました。いつものようにバイクを飛ばし坂道を下り、スーパーマーケットの横で客待ちをしているタクシーの横をすり抜けようとした瞬間、70代のおじいちゃんが出てきたのです。ヤバイ。そう思った時にはもう手遅れでした。ブレーキは掛けたか、ハンドルは切ったか。今でもその記憶はありません。理解できた事実は自分が転倒し吹き飛ばされていること、振り返るとおじいちゃんも倒れていることだけでした。不思議と自分に痛みはなくすぐにおじいちゃんに駆け寄り救急車と警察を呼びました。おじいちゃんはすぐに救急車に乗せられ残された私は警察に事情聴取をされ一旦帰路へとつきました。

翌日警察から伝えられたことは相手は大腿骨の骨折、他多数の打撲とのことでした。幸い私は実家の車にファミリーバイク保険というものに加入しておりましたので治療費、慰謝料など金銭的な心配はいらないと保険会社の方から聞かされました。そのことで多少ホッとしたことは覚えていますが数日間鼓動がじっとしてても聞こえていたことを鮮明に覚えています。

深く深く反省した私はおじいちゃんの入院している病院を聞き毎日お見舞いに行くとこを決心しました。

初日、お見舞いに行くと奥さんと一緒におられました。「この度は大変申し訳・・・」とお詫びを述べている最中、「帰ってくれ。顔も見たくない」と言い放たれました。それはそうか、と肩を落とし帰りながらそれでも毎日行こう、と心に決めていました。

2日、3日と行くたびに罵倒され、家族の方がいる時は家族にも罵られ、正直心はボロボロでした。しかし私にはほかにできることはありませんでしたので通い続けました。
結果おじいちゃんは3か月入院して退院となりました。退院の日、私はいつも通り病院へ向かい病室へ入りました。

毎回、毎回同じ台詞。「この度は誠に申し訳・・・」正直これでもう来なくていい、罵倒されるのも終わる、と少しホッとしていた感情もありました。そこでおじいちゃんは少し笑顔で「もういいよ、毎日大変だったろう。もう恨んでないよ。」と言ってくれたのでした。

嬉しいような、でも私は加害者なのだから喜ぶ立場ではない。申し訳ない。という複雑な感情が入りみだりなんともいえない気持ちになりました。その後私は地方裁判所へ出頭し安全講習を受け処分なし。という処分である。とよくわかりませんがそういう処分を受けました。さらにその後、保険会社から今回の治療費及び慰謝料、休業補償の支払い内訳が届きました。

合計500万のお支払いでした。とその明細を見て保険に入ってなければ・・・とぞっとしました。最近は自転車の事故でも高額の賠償があると耳にします。皆さんもバイクにも自転車にも保険を掛けておくことをお勧めします。

誰もが事故に遭わないことを祈ります。

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